最高裁判所第一小法廷 昭和61年(オ)532号 判決 1988年12月01日
上告人
新日本実業株式会社
右代表者代表取締役
飯田正孝
右訴訟代理人弁護士
溝呂木商太郎
被上告人
共積信用金庫
右代表者代表理事
岩佐亨
主文
原判決中主位的請求に関する部分についての本件上告を却下する。
その余の本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人溝呂木商太郎の上告理由について
不動産が競売手続において競落され、所有権に関する仮登記が先に登記された抵当権に対抗することができないために抹消された場合において、右仮登記の権利者は、所有権を取得していたときであっても、右仮登記の後に登記を経由した抵当権者に対して、不当利得を理由として、その者が競売手続において交付を受けた代価の返還を請求することはできないと解するのが相当である。けだし、仮登記は本登記の順位を保全する効力を有するにとどまり、仮登記の権利者は仮登記に係る権利を第三者に対抗することができず、所有権に関する仮登記の権利者には、本登記を経由するまでの手続として、仮登記のままでその権利を主張することが認められる場合があるが(不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項、仮登記担保契約に関する法律一五条二項参照)、この場合であっても、当該手続を離れて仮登記の権利者が本登記を経由したのと同一の効力又は法的利益の帰属を主張することが認められるものではないので、所有権に関する仮登記の権利者は仮登記の後に登記を経由した抵当権者に対して優先して代価の交付を受ける権利を主張することはできないからである。
これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実によれば、(1) 訴外柳田幸は本件建物を所有していたが、昭和四七年一二月一四日、訴外総和実業株式会社のため、本件建物に債権額を三〇〇〇万円、損害金を日歩三銭とする抵当権を設定し、昭和四八年一月一一日その旨の登記を経由し、(2) 訴外新日本実業株式会社(上告人と同一商号であるが、別会社である。)は、昭和四八年三月二〇日、本件建物を訴外柳田幸から買い受け、昭和四九年七月二四日、その買主たる地位を上告人に譲り渡し、(3) 上告人は、昭和五一年一二月一一日、右売買契約に基づく権利を保全するため、昭和四八年三月二〇日付けの売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由したが、(4)本件建物は、その後、訴外柳田幸から訴外剣産業株式会社へ、同訴外会社から訴外蓮井産業株式会社へ順次譲渡され、昭和五二年一月一三日、訴外蓮井産業株式会社への所有権移転登記が経由され、(5)同訴外会社は、昭和五二年一月一三日、被上告人のために、本件建物に、極度額二億五〇〇〇万円の根抵当権を設定し、(6) 昭和五二年六月一六日、訴外総和実業株式会社の競売申立により、本件建物について競売開始決定がされ、昭和五三年一二月七日被上告人がこれを一億二〇〇〇万円で競落し、昭和五四年一月一八日代金が納付され、同年二月一五日、右代金から競売費用及び租税債権を控除した金額は、三六五七万円が同訴外会社に対して、八一四三万円八六四九円が被上告人に対して、それぞれ交付されたというのであるから、前記説示に徴すれば、右競売手続において、被上告人が交付を受けた代価を不当利得として返還するよう求める上告人の予備的請求を棄却した原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解に基づいて原判決を論難するものであって、採用することができない。
なお、原判決中主位的請求に関する部分については、上告人は上告理由を記載した書面を提出しない。
よって、民訴法四〇一条、三九九条の三、三九九条一項二号、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大堀誠一 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖)
上告代理人溝呂木商太郎の上告理由
原判決は民法第一七七条、不動産登記法第一〇五条第一項、第一四六条第一項の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する。
一、原判決の引用する第一審判決は「仮登記のままの状態で所有権の取得をもって第三者に対抗できないことは明らかであるから、仮に本登記義務者である被告幸の承認があったとしても、原告の本件仮登記上の権利を本登記がなされたものと同視し、右当時原告において被告金庫に対抗しうる所有権を有していたものと認めることはできない。」といい、また原判決は「本来仮登記はこれに基づく本登記がなされた場合に本登記の順位を保全する効力を有するにとどまるものである。不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項によれば、仮登記権利者は、本登記の条件が成就すれば、仮登記のままで登記上利害の関係を有する第三者に対し本登記をするために必要な承諾を求めることができるものと解され、仮登記はその限度において一種の対抗力を有するともいえるが、これはあくまで仮登記の順位保全の効力を維持する必要上その限度において認められたいわば形式的な対抗力にすぎないのであって、仮登記権利者が、仮登記のままで、登記上利害の関係を有する第三者に対し、所有権の存在を前提として競売代金の自己への交付を求めるなど、実質的な対抗力を主張し所有権の内容の実現を図ることはできないものと解するのが相当である。」という。
二、しかしながら、仮登記権利者が不動産登記法第一〇五条第一項、第一四六条第一項に基き登記上利害関係を有する第三者に対し本登記の承諾請求をした場合には、右第三者は仮登記権利者の本登記をするのに必要な実体上の要件の具備の有無即ち仮登記権利者の所有権取得そのものを争うことしかなく、本登記がないから承諾を拒むということはできない。つまり承諾を求められた利害関係人は、仮登記権利者の所有権取得つき登記(本登記)の欠缺を主張する正当な利益を有する民法第一七七条の第三者に該当せず、仮登記権利者はその所有権取得につき本登記なくして利害関係人に対抗できると解することができる(岡山地裁昭和五九年四月二五日判決、判例時報一一三七号一一六頁)。
三、被上告人は上告人の所有権移転請求権仮登記に基く所有権移転本登記手続について承諾義務を負い、承諾の結果被上告人の根抵当権は抹消されるべき関係にあったものであり、また、前記のとおり、上告人は本件建物につき登記(本登記)がなくてもその所有権を取得したことを被上告人に対抗することができるものであるが故に、本件建物の競売手続において被上告人が根抵当権者として交付をうけた金81,438,649円の売却代金は法律上原因のない無権利者の金員受領であり、所有者たる上告人に交付されるべきものであったから、たとえ上告人の仮登記に先立つ第三者(総和実業株式会社)の抵当権の実行の結果、上告人の本件建物の仮登記が抹消され(甲第一九号証)、被上告人に対する仮登記に基く本登記手続の承諾訴求が維持できなくなったとしても、むしろそれなればこそ、被上告人の右根抵当権に基く売却代金の受領は上告人に対する関係において不当利得を構成するものである。
四、したがって、上告人の被上告人に対する不当利得に基く返還請求を、仮登記のままの状態で上告人において被上告人に対抗しうる所有権を有していたものと認めることはできないとしてこれを棄却した原判決及び第一審判決は、民法一七七条、不動産登記法第一〇五条第一項、第一四六条第一項の解釈を誤った違法が存するものである。